カロードゥンの古戦場放浪記
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- UK スコットランド
ここは1746年4月16日にボニー・プリンス・チャーリーが率いるジャコバイト軍とカンバーランド公爵が指揮する政府軍が戦った「カロデン(カロドン)の戦い」として有名な古戦場で、現在はスコットランドのナショナル・トラストが管理する場所だ。インヴァネスの東約7Kmの場所にあるのだが、知らずに遠めに見るとただの広大な原っぱとしか思えない。
1688年の名誉革命から発生したイギリスの王位継承問題がこじれた結果、ジャコバイトとよばれる勢力と政府の対立が宗教と民族問題を巻き込んで半世紀以上の戦いに発展した。カロードゥンでのこの戦いは、その最後の決戦場所だったと考えてよい。
前年11月の「第2次ジャコバイトの乱」でロンドン近くまで攻め込んだものの退却したジャコバイト軍は、この時まだ兵力を立て直すまでに至ってはなかった。一方近代兵器を持った政府軍の数はジャコバイト軍の倍の8000人。進軍を始めたその政府軍の規模に慌て、2日前に兵糧を放棄して移動したジャコバイト軍は、状況的にさらに不利となった。また親方ボニー・プリンス・チャーリーの戦略に不満だったハイランドのクラン(氏族長)たちは言うことを聞かず、最終的に総崩れとなったようだ。戦いが終った後、カンバーランド公爵はジャコバイト軍のせん滅を指示。動けなくなった負傷兵はすべてその場で殺害された。逃走後に捕らえられた兵士たちもほとんどが処刑、あるいは奴隷となった。が、親方のボニー・プリンス・チャーリーはフランスに脱出し、余生をイタリアで過ごしたそうだ。一方、国王のジョージ2世は、この後スコットランドの文化に対して厳しく圧力をかけると共に、ジャコバイトの再襲撃を恐れてフォート・ジョージと呼ばれる頑強な砦を築いた。
周囲を含む多くが牛が草を食む牧場らしき広い草原となっており、当時の陣地場所には旗が立つ。たった40分で終ったと伝わる実際の戦闘模様等が細かく解説された掲示物や標識も多い。さらに歩くと記念碑や兵士の墓標などが点在することに気付く。墓標に"マッキントッシュ"が多いのはこの地方によくある姓だからだとか。苔むしたそれらにはたくさんの献花があって、ジャコバイトの兵士がスコットランドの英雄として語り続けられたことがよくわかる気がした。
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