奇跡の広場 - ピサのドゥオモ広場放浪記
- in ピサ
- イタリア
奇跡の広場と呼ばれるピサのドゥオモ広場は、いつも世界中から訪れる人々でごった返す。渋滞防止や排ガス規制のために観光バスも自家用車も近辺への乗り入れは禁じられており、観光客は少し離れた巨大駐車場からシャトルバスでやって来る。国鉄ピサ中央駅から北に約2キロ程度なので、どうせなら美しい街を散歩がてら歩いてくるのも良いと思うのだが。まあ、とりあえずどんな手段で来ようとも、ドゥオモ広場に入る時は是非西側の「サンタ・マリア門」から入ってほしい。門をくぐった瞬間に見える広場(写真下)の美しさと驚きは言葉で表現し難い。
この巨大大理石建物群の建設が始まったのは10世紀末頃。もともとローマ帝国の海軍基地だったピサは、共和国となったその頃から国際的な海運都市国家として栄えるようになった。当時の市民生活は教会行事を中心として営まれたから、街が栄えて各地から人が集まるほど、教会はドゥオモ広場にある中心施設を権威と繁栄と郷土愛の象徴として、どんどん見栄えの良いものに仕立てあげていったのだろう。結局、教会と王様の対立やら外部からの侵略やらで14世紀に一旦没落するが、16世紀にはトスカーナ公国の大学都市として復興。ガリレオに代表されるように、科学の分野では世界でもっとも進んでいたこともあった。上の写真から広場の各所を見ると、繁栄を極めた頃のピサを思い浮かべることができる気がする。
広場の北側一面には大理石の壁が続く(写真上)。これは、教会の墓所であったところに13世紀後半から建築が始まり、十字軍がゴルゴダの丘から運んだ土が使われたといわれるカンポサントだ。実際は長方形の建物で、壁の途中にある入口から中に入ると、大きな窓がついた回廊が中庭を囲んでいる構造。ピサにはローマ時代からの膨大な美術品があったらしいが、第2次大戦の戦火でほとんどが消失してしまった。一部残ったものがこことシノーピエ美術館に保管されている。
広場の南側に、かつてはサンタ・キアーラ慈善病院があって、この広場を聖地とする人々で溢れ返る状態だった。現在ではメディチ家の紋章がついた建物をそのまま利用した土産物屋や、フレスコ画を展示する「シノーピエ美術館」に観光客が溢れる。シノーピエとはフレスコ画の下絵のこと。1944年の砲撃による火災でカンポサントの壁面に現れた14世紀頃のシノーピエの修復展示がメインの美術館だ。
小さい頃から頭の中で思い描き続けてきたピサの斜塔... 実物はえぞりすが思ってたのより2まわり程大きく、で、予想よりはるかに傾いて、それでも意外なほどしっかりと、でもちょっと遠慮がちにつっ立っていた。鐘楼として1173年に着工されたこの塔。けれども1185年に地盤が沈み基底部が傾き始めたため、一旦は建設中止。100年後に再開された工事は設計変更で傾きを補正しながら行わた。なお傾き続ける中をなんとか完成したのが1370年。その頃から噂され続けた倒壊の危機が、ついに1990年には間近と判断されたため、救済法に関して世界中で数多くの議論がなされた後、2000年、巨大な起重機とワイヤーで傾きと反対方向に引っ張りながら地盤を改良強化することで、安全な範囲まで傾きを戻す工事が行われた。現在傾きは300年前と同じ4.5度近辺まで修正され、頂頭部にも予約制ながら再び登ることができるようになった。塔の上から見る広場とピサの町は素晴らしい。そして、この広場のどことも明らかに違う独特な均整のとれ方は、斜塔が存在してこそといえる。
大理石をふんだんに使い、ファザードに4段の細かい列柱が並ぶ珍しいデザインのドゥオモ(写真上)。かつて異文化との交易が盛んであったこと象徴するように、イスラム、ビザンチン、そしてロマネスク等の特徴がミックスされた建築はピサ様式といわれており、この近辺でだけ見ることができる珍しい様式だ。1063年のパレルモ沖海戦でサラセン人に勝利した記念に、マリア様に捧げるために建築家ブスケットの指揮で建築が開始された。ちなみにこのブスケット、死なばもろともの精神だったのか、墓がしっかりここのファザードの端に埋め込んである。1100年代に入ったところで工事はライナルドが引き継ぎ、彼のデザインにより現在のような外装が具体化したらしい。実はファザードの列柱は構造には影響のない単なる飾りで、敵地パレルモから持ってきた戦利品をいかに公開するかを考えた結果だったという話もある。14世紀前半、内外に数々の宗教芸術作品が飾り付けられてようやく完成。だが、その頃すでに共和国ピサは没落に向うばかりだった。内部の1311年製「説教壇」はジョヴァンニ・ピサーノ(二コーラの息子)の代表作としてあまりにも有名。その前に下がるのが、これまた有名なG・B・ロレンツォ作の「ガリレオのランプ」。名前の通り、これの揺れを見たガリレオが振り子の等時性法則を発見したといわれていたが、実際に時代考証してみると、ランプの製作年がどうにも法則の発表より数年遅いなんてことになったらしい。
12世紀中頃に着工、200年以上かかって完成した、円と八角形を基本とした洗礼堂。東側入口の周囲に飾られたレリーフと、ニコーラ・ピサーノが1260年に作り上げた説教壇(写真下)が見モノ。屋根は西から見ると赤瓦、東から見る(写真上)と大理石の化粧版だ。出来たころは最上部のドームは無くて、日は射し込み、落ちる雨水を中の洗礼盤で受けて聖水としたらしい。
中に入ると、天井が高くてかなり巨大なのがわかる。また音の残響特性が素晴らしいので、1人でド・ミ・ソ♪とやるときっちり和音になって聞こえてくる(係の人が時々やってくれる。勝手に歌うと白い目だ)。ここで神父が歌うように説教とかしたら、ホントに天上からの声に聞こえただろうなあって無神論者のえぞりすでさえ思ってしまう。
それにしても、この広場はイタリアでも一番人が多いところでは?という気がする。それを目当てにヨーロッパ各地からやってきたスリ、置き引き、ひったくりは当然のように横行するらしい。だからなのか、広場近くではよく騎馬警官(写真上)を見かける。広場はすばらしいが、それに気を取られてるとあっという間にポケットから財布が消えるから、充分な注意が必要。
この記事へのメッセージ:0
Trackbacks:0
- この場所へのトラックバック用アドレスです
- /211
- Feeds
- 地球放浪記検索
- 旅行タグ
-
- Chester
- Czech
- アウグストゥス
- アショカ王
- アブシンベル
- アルヒ
- アレクサンダー大王
- アレクサンドリア
- イギリス
- イタリア
- イングランド
- インド
- インド門
- インヴァネス
- ウランバートル
- エジプト
- エレファンタ
- カトリック
- キリスト教
- グラスゴー
- ゲル
- コロレヴ島
- サン・ジミニャーノ
- シヴァ神
- ジャイプール
- ジャイ・シン2世
- スコットランド
- チェコ
- チェスキー・クルムロフ
- チェスター
- デリー
- トスカーナ
- トレッキング
- ハイランド
- ハメンリンナ
- ヒンドゥー教
- ビーチ
- ピラミッド
- ピンク・シティ
- フィジー
- フィンランド
- ヘルシンキ
- ベルニーニ
- マハラジャ
- ミケランジェロ
- ミラノ
- ムッソリーニ
- ムンバイ
- モラヴィア
- モルダウ
- モンゴル
- ラムセス2世
- リゾート
- レストラン
- ローゼンベルグ家
- ローマ
- ヴァナヤヴェシ湖
- ヴィットリオ・エマヌエーレ2世
- 世界遺産
- 世界7不思議
- 中世
- 仏教
- 公園
- 博物館
- 噴水
- 塔
- 大聖堂
- 宮殿
- 広場
- 教会
- 海外旅行
- 石像
- 神殿
- 草原
- 要塞
- 遺跡
- 馬
