スフォルツェスコ城放浪記
- in ミラノ
- イタリア
ミラノ北駅の北東側には広大なセンピオーネ公園が広がる。その一番ミラノ中心部寄りの入口が、このスフォルツェスコ(スフォルツァ)城のフィラレーテ門だ。15世紀中頃にフランチェスコ・スフォルツァ公爵が、民衆により破壊された14世紀ミラノの実力者ヴィスコンティ家の居城を改築して、城塞としたためにそう呼ばれる。
その後、この城が通り抜けてきた戦争と平和の繰り返しが、要塞としての機能性と芸術性を兼ね備えた独特の建築物に仕立て上げた。あのダ・ヴィンチやブラマンテなどもこの建築に一部携ったことがあると記録に残るようだ。フィラレーテ門(写真上)をくぐると、四隅に円形楼を持つ巨大な城壁に囲まれた広い中庭に出る。かつて多くの兵が常駐していたゆえの広さだ。正面には1477年に完成した「ボナ・ディ・サヴォイア」という名前の塔(写真下)があるが、今ではミラノの市立博物館(スフォルツェスコ博物館)入口の目印代わりだ。
1499年にミラノがフランスに負けてから、長い間放置されて荒れたこの城は、19世紀の終わりに始まった公園整備で見直され、20世紀に入ってからは博物館として整えられた。そんな博物館の最大の目玉は、ミケランジェロが死の3日前まで制作を続けたといわれる「ロンダニーニのピエタ」。彼のライフワークだったピエタ像だが、残念ながらこれは完成には至っておらず、近づいてみると顔の位置の修正跡などがはっきり確認できる。他にもダ・ヴィンチやベリーニの作品、古楽器や陶器、エジプト考古学博物館と、全部見ようと思ったら、とてもだが1日では無理なボリュームの収蔵品。驚かされるやら時間が無いのが悔しいやら。
城の奥へどんどん歩いて側へ歩いて、ビスコンティ家の紋章が残る北西の門跡(写真上)から出ると、目の前に広がる森がセンピオーネ公園(写真下)だ。そして公園の一番北西出口に立つ白い建造物は「平和の門」。ナポレオン進攻の後、1815年にミラノを支配したオーストリアが平和祈念に建てた凱旋門で、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のミラノ開放時にも利用された。広大なセンピーオネ公園とスフォルツェスコ城址。時間をかけてゆっくり散策すれば、ミラノの今と昔をしっかりと堪能できる場所だ。
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