ジャイプールの街と王宮放浪記
- in ジャイプール
- インド共和国
インドの西、砂漠が広がるラジャスタン州の州都がジャイプールだ。1728年、この地域のマハラジャだったカチワーハ家のサワイ・ジャイ・シン2世が興した城塞都市が街のはじまり。"ジャイ"はジャイ・シンの名前、"プル"は城塞を指す言葉だから、そのままのネーミング。トレードマークは象(ヒンドゥー教のガネーシャ神)だ。
7つの門を持つ全長10キロ以上の城壁で囲まれており、比較的新しいからか、植民地時代でイギリスに指示されたからか、どこを歩いても碁盤の目のような通りに歩道と、計画性をもって整備された街であることがよく分かる。
しかも1876年にイギリスのアルバート王子訪問の際に、街中にある建造物をピンクに塗って統一させたことから"ピンク・シティ"と呼ばれ、今でも旧市街からは異国の街的雰囲気が、まるで映画のセットの様に漂っている。なぜ"ピンク"なのかといえば、ただマハラジャが好きな色だったからとか。実際はピンクと言うより赤土色に近いのだが、アクセントの白ラインの装飾がおしゃれで、当時これを指示した人は、かなりセンスが良かったんだなぁとか考えてしまった。今となってはハゲハゲで汚らしいところが多いのも事実なのだが。
街はどこも大変なにぎわいで、延々と続くバザールには観光客相手の店も多い。特に旧市街にある風の宮殿あたりは一番混雑しており、日本人は物売りにタカられること間違いなし。道路にはインドおなじみの牛の他に、荷物を載せたラクダなんかを見かけるのも砂漠が近い街らしい。
旧市街の中心地には歴代のマハラジャが暮らすシティ・パレスがある。街自体より2年ほど早くジャイ・シン2世が造らせた。その後、増築に次ぐ増築で現在の形になったらしい。狛犬ならぬ狛象がいるラージェーンドラ門が正面入口(写真上)。やはり建築物のほとんどがピンク色だ。中庭にある来賓の宿泊施設だったムバラク・マハルは、今ではマハラジャが各地から集めた衣装や布地、楽器やら生活雑貨を展示した王立博物館となっている。贅沢な布をふんだんに使った衣装類はマハラジャの優雅な生活を想像させること請け合い。中でもマド・シン1世の巨大な衣装にはビックリだ。
他にも同じ中庭に、武器などを展示するアナンド・マハルや、入口の置いてある2つのつぼが目印の貴賓謁見の間(写真上)がある。このつぼは純銀製としては世界最大(写真下)。マハラジャがイギリスに行く際、沐浴用にガンジス川の水を入れて運ばせたというからいやはやだ。
中庭から防塞壁(写真上)を抜けてさらに中に進むと、独特の装飾性をもった出窓が印象的な7階建てのクリーム色の建物、チャンドラ・マハル(月の宮殿・写真下)の前に出る。ここはマハラジャの居住区で門番も立っており、今もマハラジャが暮らす。もっとも現在のマハラジャは、直系一族で大富豪的な捉え方らしい。彼らの収入源は数々の投資や事業と、この宮殿等を見せることで得る観光収入なんだとか。えぞりすも彼らのビジネスにかなり貢献したかも♬
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